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 努力で貫かれた人生・中谷さん
  インタービュアー 会報担当 渡辺恵美子

           (内容は会報第62号より)
   
   中谷著『山の記憶』
 絵は「仰ぐ日輪」芳野満彦(作・画)
(2004年9月1日刊行、608頁
)
         
日本百名山完登の最後の山

 今回の登場者は地方在住の会員を想定していたが、中谷さんが素晴らしい『山の記憶』を上梓されたので、今が好機と考え、出版祝いを兼ねてインタビューする。

Q
 そもそも本を出阪しようと思われたのは、いつ頃からですか? 
A 日本百名山を登り終えて一区切りついた頃から何となく考えていました。しかし、まだ登山を始めたばかりで、素材も少なく自信もなかった。本格的に考え出したのは日本百名山を完登した4年後、カムチャッカに行ったのがきっかけです。初めての海外旅行、初めての海外登山。異文化に接して受けた熱い興奮が引き金になりましたね。

Q 本はまだ読み始めたばかりですが、会報に毎号寄稿されている文章をベースにされでいるようですね。編集部では時々うわさ話になっているんです。中谷さんは山に登るたびに珍しい体験をされると。私たちは山に登っても、それほどのことに出会えないでいるんですが・・・。きっと鈍感だから気がつかないだけだと思うんですけど。
A どんな山に登っても、何か新しいことに出会うはずだ、一つの山に一つのストーリーがあると言われたことがあるんですよ。問題は感性にあるのではないでしょうか?そして、良く観察することが大切ですが、これには単独か、ツアーで登るかにも関係していると思いますが・・・。

Q そうした感性って、どうやって磨いたらいいんでしょう?年をとるにつれて、どんどん鈍くなっていくような気がして怖いんですが。
A たくさん本を読むことだと思いますよ。山の本だけでなく。それから新聞。新聞はスクラップしてます。必要な時、すぐ取り出せるように。それから映画もいいですよ。古いけど「喜びも悲しみも幾歳月」は4回も見ました。よいものは心に残るし、何か書く時に支えになりますから−。

Q 先程、良く観察することが大切だとおっしゃってましたが、特に人間に対する観察眼が鋭いと、もっぱらの評判です。これは警察官だったという職業柄にもよるのでしょうか?
A あはは・・・。もしかしたら、あるかもしれませんが、やはり感性の強弱に加えて、人間に対する興味というか好奇心の度合いが大きな要素になるんじゃないかと思います。それがあるかないか、それとそれを磨くかどうかが決定的要因だと。

Q たくさんの人との出会いの中で、影響を受けたり、心に深く残っている場合もあると思います。そんな中のおひとりが深田クラブの会員だった今は亡き寺坂行男さんなんですね。寺坂さんとの出会いはいつ頃どのようにしてですか?
A 平成4年春、深田久弥命日登山の際、茅ケ岳頂上で、吉田博至さんから紹介されました。

Q 私は寺坂さんにお会いしたことは何度かありますが、親しくお話しする機会に恵まれませんでした。一言では難しいと思いますが、どんな方だったんですか?
A 本当に思いやりのある方でした。心の中に土足で踏み込んでくるようなことは決して口にしなかった。並木さん、田中恵子さん、寺坂さんと一緒に四国の山々を登った時、それを強く感じました。それだけにあの山旅は忘れられない。ですから、7ケ月後、自動車事故で死亡したという知らせは、あまりにも唐突で衝撃が大きかった。本当に短い間だったけれど、山を語り山に登り、酒を酌み人生を語らい合い、尊敬の念を募らせてこれから教えを乞いたいと心中ひ密かに慕っていた人が忽然と逝ってしまった。とても無念でした。

Q 多分、当クラブにとっても大きな痛手だったと思います。でも、その精神は後輩たちにも伝え続けでほしい。そんな意味も込めで、若者たちに言いたいことがあったら、おっしやってください。
A 夢を持ってそれに向かって努力しなさいと言いたい。報われない努力はないと。

Q しかし、現代は夢を持ち難くなっているというのも事実ではないでしょうか?
A そのとおりですけど・・・。でも今回のアテネ・オリンピックでは、夢は努力すればかなうことを教えてくれたではありませんか。

Q そうですね。私もオリンピック選手からたくさんの勇気をもらった気がします。ところで長い間管理職としてお仕事をされた経験から後継者を育てるという面では、どんなふうにお考えですか? 
A 例えば「君のおかげであの仕事うまくいったよ、ありがとう」と賞讃するでしょ。人間ほめられて嫌な思いをする人はいませんから。それがやる気を起こさせ、生きがいになっていくことが多いんです。良い所を見つけて、ほめてあげることが大事です。そして、人前では決して怒らないこと。要は寛容と厳しさが必要ではないかと思います。 

 
ええ、ほめられると自分以上の力を発揮できる時もありますし・・・。そんな感じで当クラプの若手も育てられていくのでしょう。 

 ぶしつけな質間にも、一つ一つ丁寧にお答えくださり恐縮のいたりでした。その間、サムェル・ウルマンの詩を何度も思い出していました。若さとは心の有り様を言うのだと。大変な苦労と努力を重ねて今に至ったことは、『山の記憶』を読んで知りました。
  ふだん接する中谷さんからは、あまり感じられません。苦労を克服する過程でなされた努力が実を結び、昇華され、心の奥深くで人間性が形成された姿を改めて見る思いでした。(作成者 渡辺美恵子)