|
*写真はクリックすると拡大します。
*地図:経ヶ塚山(出典:国土地理院サイト)
深田クラブ総会の翌日、マイクロ バス、マイカーに分乗して音羽三山に向けて宿を出発した。49名の大部 隊で、足前の順にA〜Cの3班に分かれて登ることになった。私たちはA班だったが、いつの間にかAB班になり、
最後はBC班になっていた。
登山口の下居バス停で皆を下ろし、下山口の公民館の駐車場に車を置きに行く。登山口に戻ると本隊は既に登った後だった。音羽山観音堂への参道を行くが、これが急登の連続。すぐ汗が吹き出し、喘ぎ喘ぎ登った。この30分弱の登りが一番辛かった。観音堂で全員集合する。観音堂は尼寺。尼僧が笑顔で応対していた。(のちにNHKEテレ「やまと尼寺精進日記」に登場する後藤蜜榮住職だった。)
3班に分かれて出発する。イチョウの古木の先にある不動堂の横から取り付く。スギ の植林帯の中、涸沢を行くのでゴロタ石や倒木も多く歩きにくいことこの上ない。ようやく沢を離れると、山腹を巻いて登るようになる。傾斜が緩むと前山(谷口山の標識あり)となる。ここからは一投足で音羽山だった。角の欠けた三等三角点標石と山名標示板がある小広い平地だが、スギに囲まれ展望は効かない。一休みすると次のピークを目指して出発した。
少し下り登り返すと、経ケ塚山。名前の由来となった経塚がある。山頂部は自然林ながら展望は望めない。しかし広い山頂は大部隊が休むのに適当なので、昼食をとること にした。宿で用意してもらった古代米のおにぎりをいただく。美味である。
ヒノキの樹林帯をどんどん下る。標高差にして100m近く下ったのではないだろう か。これは大変だと思ったが、最低鞍部からの登りはそれほどでもなかった。ササの生い茂る登山道を休むことなく登ると、経ケ塚山からでも30分ほどで本日の最高峰、熊ケ岳のピークに立つことができた。ここもやはり展望がない。
少し下った先の反射板で一本立て、後続を待つ。全員揃ったところで、一気に下ることにした。
駐車場に戻ると、談山神社に向う。藤原鎌足が中大兄皇子と大化の改新を談合したという「談い山」がある神社で、祭神は鎌足公である。十三重搭がある。満開の桜も堪能して解散した。
(記 山本 進吾)
|