● 中谷寳悦郎著 『山の記憶』                           (掲載日 2005年2月17日)
       
 中谷さんが『山の記憶』と題する素晴らしい山の本を上梓されました。
本書は、深田クラブ会報第42号(1994年6月)から第60号(2004年6月)に18回に亘って連載された「山に刻む」をベースにして、更に読みやすく編成されています。
 最近の山の本は内容に深みのないガイド的なものが多いが、本書には引きずり込まれるような迫力と魅力があり、分厚いながらも一気に読み通しました。久しぶりに山の名著に出会ったような思いです。

 山登りを始める動機は様々とは云え、警察官僚の要職にある中年が「・・心の傷を癒す」ために山登りを始め、レート・ビギナー(遅ればせの初心者)として最初に目指した山が、厳冬期の甲斐駒ヶ岳とは驚いた。その後、時の経過とともに心の傷は消え、「山に登ること」そのものが大きな楽しみと喜びに変わったそうである。

 目次は、山への旅立ち、山に燃える、豊饒への階段、登り継ぐ心、八甲田山東麓わが故郷、黄昏の飛翔の7つに大別され、86編の山行記の全てにタイトルと山名がつけられている。例えば、予感(富士山)、センチメンタル・ジャーニ(甲斐駒ヶ岳)、さまよい谷(大台ヶ原山)、背中の重み(御嶽山)、小さな花束(御座山)・・・等々。最後の黄昏の飛翔には海外の山が載せられている。

 内容は含蓄に富み、心に沁みるものが多く、一編の読み物になっている。著者は、「一枚の「登山布」」の中で、「仕事を経糸に、山を緯糸に見立てて織り続け・・」と書かれているが、己の生き様も描かれて、20年間の山行記録と自分史にもなっている。
 人生80年、まだ先は長い。続編を期待したい。 (吉田博至記)

 表紙カバーの表 「仰ぐ日輪」芳野満彦(作・画)
       裏 「歩む歩む また歩む 山は遠い また歩む」芳野満彦(作・画)
 文中の挿絵 芳野満彦(作・画) 6枚
       渡辺欣次(作・画) 1枚
 山本茂富(作・画) 5枚
 著者(作・画)   5枚

 *2004年9月 株虫R書房 刊   608頁  定価 本体3000円+税